なんとなく、体型からして黒髪くんは胃腸が弱そうな気がして
こんな梅雨時のエピソードを無理矢理ひねりだしました^^
膝を貸してあげられるのが嬉しいのに、店番があるからずっとはしてらんないし
「ちぇ~」と思いつつ代打をやってる茶髪くんは、普段より張り切ってます。
強い人を好きになったらなかなか相手の役に立ってあげるチャンスがないのだけど・・・到来♪ という。
/うさ
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なんとなく、体型からして黒髪くんは胃腸が弱そうな気がして
こんな梅雨時のエピソードを無理矢理ひねりだしました^^
膝を貸してあげられるのが嬉しいのに、店番があるからずっとはしてらんないし
「ちぇ~」と思いつつ代打をやってる茶髪くんは、普段より張り切ってます。
強い人を好きになったらなかなか相手の役に立ってあげるチャンスがないのだけど・・・到来♪ という。
追記
昨日の怒りの話は、たまたま「リリィ・シュシュのすべて」に言及した投稿を同時に目にしたから
そこへは話が行ってしまってるだけで、「怒り」の言葉で思い出すほどあの映画が嫌いなわけではありません。
それでも書き留めておこうと思ったのは、それが一般的には肯定的に語られることの多い
(少なくとも自分のような嫌悪の吐露を読んだことがない)ものだからです。
アンパンマンもその類でもう3年以上前にダイアリーで書いたことがありますw
(私は実際に育児をして子ども達がいかにあれの虜になるか知ってます。
メロンパンナちゃんと握手するためにホテルショ…[全文を見る]
[錨]
「すべてを寛容に赦すよりすべてに怒りを感じるほうが誠実なのでは」というような意味の投稿で
思い出したので書いとく。
リリィ・シュシュのすべてという映画を見たとき、「美しく描かれた暴力」に
いや、「暴力を美しく描いたこと」に怒りを感じたのを。
特にレイプシーン。
ピアノソロのBGMや画面の処理のいかにもナチュラルな感じ。
当時、現実を反映したショッキングなシーンの多い実験的なと賛否両論だったそうだ。
理不尽な暴力にまみれた日常を炭酸水のようなさわやかさとナチュラルさで描いたことに、
あるいはネットの書き込みを脚本に反映させる形が、実験的ということだったのだろう。
「実験的」とはそんなものなんだろうか。
もしその程度のものだとして、それに先立つべきものをあなたがたは望まないのか。
そんなことを思う。
「怒りは何も産まない」とは私は思わない。
怒りは錨だと思ってる。