id:hide-psy
勝手に引用のことを語る

時間と場所を書くようになった副産物のようなものもある。それは記憶がとても明確になったということだ。時間も場所も日記に書かなければと思っていると、たえず意識する。それまでは漠然と「あの通りにある喫茶店」くらいにしか記憶していなかったのが、「一乗寺木ノ本町の喫茶からふね屋」というように、記憶がより具体的になっていったのだ。記憶が具体的になっているということは、観察力がついてきているということでもある。つまり、書くべきだと思っているから、覚えているし、発見するのである。
『日記の魔力』表 三郎