「例えば、柴田さんがここにあるコロッケについて原稿用紙10枚書くとする。柴田さんはただコロッケについて書いてい るわけであって、柴田さん自身について語っているわけじゃないんだけれども、そのコロッケについての文章を読めば、柴田さんの人柄というか、世界を視る視 点みたいなものが、僕にもある程度わかるわけじゃないですか。……でも柴田さんが僕に向かって直接、柴田元幸とは何か、如何なる人間存在か、というような 説明を始めると、逆に柴田元幸を理解することは難しくなるかもしれない。むしろコロッケについて語ってくれた方が、僕としてはうまく柴田元幸をうまく理解 できるかもしれない。それが僕の言う物語の有効性なんですよね。
村上春樹『ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち』(279─280項)