id:dominique1228
勝手に引用のことを語る

「私は社会のこと、いわゆる人間の制度化された競争、侵略、暴力、権威、および権力の世界のことをお話しているのです……そして、それに対して、私は、私たち自身のやり方でことを進めたらどうかとお話しているのです……いえ、彼らに『対抗しろ』と言っているのではありません。なぜなら……それもやはり男性の規則に従ってプレイすることになるのですから。そうではなくて、私たちとともにいる男性と手を合わせて進むのです。これは私たちのゲームなのです。大学教育を受け、自立した女性がなぜマッチョな男と戦ったり、あるいは彼に仕えたりしなければならないのでしょうか?
なぜ彼女は彼のやり方に従って生きなければならないのでしょうか? マッチョな男たちは合理的でも明瞭でも競争的でもない何でもない私たちの流儀を恐れています。ですから、彼はそういったものを軽蔑し、否定するように私たちに教えこんできたのです。私たちの社会の中で女性は人生のあらゆる側面を生きてきました。そして、それゆえに軽蔑されてきました。人生のあらゆる側面には無力、弱さ、病気、非合理で取り返しのつかないもの、曖昧で受動的で、抑えがきかず、動物的で、不浄なものすべて……影の谷間、深み、人生の深さも含まれています。そうしたもの一切に対して責任をとることも女性の生きてきた人生なのです。兵士が否定し、拒否するものすべてが私たちに残され、私たちとともにそうしたものを共有する男性は、それゆえに私たちと同様、医者ではなく看護士の役しかできず、兵士ではなく民間人の、酋長ではなくインディアンの役割しかないのです
それが私たちの国なのです。私たちの国の夜の部分です。もし昼間の部分、高い山脈や明るい緑の大草原があるとしたら、私たちは開拓者がそれを語る物語しか知らず、そこにはまだ到着していません。マッチョな男たちの真似をしたところで、そこに行くことはできません。私たちは自らのやり方で…前進し、そこで生活し、私たち自身の国の闇夜を生き抜くことによってのみ、そこに到達するのです。そこで私がみなさんに望むのは、女性であることを恥じたり、精神病室の社会機構の囚われの身であることに甘んじる囚人としてではなく、土着の人間としてそこに生きることです……」

高橋源一郎さん「メイキングオブ『悪と戦う』より「左利きの卒業式祝辞」」 (『世界の果てでダンス』 ル=グウィン評論集 白水社) http://togetter.com/li/19588