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勝手に引用のことを語る

そして夕方になっておなかが空くと、もうすぐ発送してしまう荷物の中からなんとかしてフライパンと鍋と包丁とまな板を出して、私はポークカレーとオムライスを作った。
 いつもよりずっと心を込めて、集中して、一生懸命作った。この人たちは、最後の日々を飾る娯楽に、うちの店の味を選んでくれた人たちなのだ。その供養だと思うと、必死になった。もう二度と来ることはないし、もう食べてもらえない。でもこの料理に込めた気持ちだけは、味わってほしかった。今までありがとうございました、選んでくれてありがとうございました、そういう気持ちだけは。
 ほとんどはどうせ私たちが食べるのだが、小さい紙皿にきちんとそれらを盛り付けて窓辺に置き、紙コップに菊をいけて、お線香に火をつけて、ふたりで手を合わせて「ここが取り壊されたら、ちゃんとおふたりの霊が成仏しますように」とまじめに祈った。私は彼らにビールの小瓶もつけてあげた。
 これが私の仕事でもあるのだ。うちの味を愛してくれた人たちに、報いること。

よしもとばなな. 幽霊の家. (文春文庫「デッドエンドの思い出」所収 p.48-49.)