id:dominique1228
勝手に引用のことを語る

 ある日ある時、自分が重大な秘密を抱えていると気付いたら、人はどうするべきなのだろう。しかも、それが個人的な秘密のみならず、もっと大きな、多くの人々に関わる秘密だった場合は?

 そんなことを考えながら、私はぶらぶらと一人、賑わう人々の流れから逃れるようにして喧騒を離れた。
 辺りが静かになるとホッとする。孤独だ、孤独は嫌だと自分を哀れんでみても、やはり独りでいるのが性に合っているのだ。
 子供の頃は、「秘密」という言葉が大好きだった。本の題名に「ひみつ」という言葉が入っているだけで反射的に手を伸ばし、表紙を飽きもせず眺めては空想を膨らませたし、秘密の庭や秘密の島に隠されているものは美しい宝物と決まっていて、宝探しの冒険にわくわくした。
 しかし、大人になると「秘密」という言葉はどうにも陳腐なくせに、どんよりとして徒(いたずら)に重い。
 大人が「秘密」にしなければならないものは、えてして面倒で億劫なものだ。誰かの秘密や世界の秘密は、概して美しい宝物などではなく、目を背けたいもの、地中奥深くに埋めてしまいたいもの、棺の中まで持っていかなければならないものばかりだ。日々身体にまとわりつき、どこかに刺さったまま常に鈍い痛みを主張するものだ。
 何より、自分の存在自体が世界の中では「秘密」めいた位置にある、と気付くようになって、更に「秘密」は憂鬱な言葉になった。
 そして、本当の「秘密」は文字通り秘められたものであり、決して暴かれることがないからこそ「秘密」なのだ、ということにも気づき始めていたのだった。

 ひょっとして、これはそちらのほうの、本物の「秘密」なのではあるまいか。

恩田陸. 青葉闇迷路/闇の末裔. yom yom vol. 21. 新潮社. 2011.6.27. p.380-381.