id:dominique1228
勝手に引用のことを語る


 サーキットで国境線を越えた気分です。フランスに入ったときから、ベルギー国境をまたぐ事は解っていた。そうした気分ですね。上手い説明に成っているかどうか、甚だ疑問ですけれども。これが、志ん朝亡く、小さん亡く、円楽亡く、そして噺家であらずとも、青島亡く、植木亡く、谷啓亡く、平岡正明亡き世だからなのか、ワタシの内部に何らかの変化があったか、その両方なのかはよく解りませんが。

 故人の人生の、奇妙であり、また典型的でもあった苛烈には惚れ惚れする想いです。あのやんちゃで利かん坊な輝く目こそは、苛烈さの中で眠れない目の輝きです。オマエそれはアクロバティックすぎねえかという誹りは承知で言いますが、マイルス・デイヴィスの目と故人の目はちょっと似ています。両方とも、粋なスイートミュージックを愛しながら、表現は苛烈でした。故人が死ぬまで認める事の無かったコント55号の坂上二郎氏が震災の前日に亡くなり、故人が震災の直後に気管切開の手術を受けて声を失うーーつまり、立川談志でなくなってしまうーーという凄まじい剥奪を受けたまま8ヶ月生き、一門にもその死を隠したまま亡くなった。という事実の余りの苛烈さは、熱すぎるサウナにでも入った様な気分にさせられます。苛烈な人生だった人が死ぬと、お疲れさまでしたと言いたくなる所なのに、まったくそういう気が起こらない。享年75、我が国でもっとも日常的な放射能の値が高かった1963年に真打ち昇進、2011年に喉頭がんで没。出来過ぎな社会批判でもあり、ぜんぜんそんな事とは無縁でもある。冥福を祈るのは無粋というものでしょう。それはただただ、故人に複雑に屈折させられた、愛があるのみ。

菊地成孔公式サイト 「第三インターネット」 2011.11.24 「アルバム制作快調/立川談志死す」より