普段は忘れて過ごしているのだけれど、たとえば、駅から家までの道を自転車で走っているような、そんな日々のなにげない瞬間に、ふと、誰かに大切にしてもらった記憶が蘇ってくるのだった。
それは、とても小さな出来事だったりする。
……
親戚の家で熱を出したときに、冷たいタオルをおでこにのせてくれたおばさんのネギの匂いのする手、自転車で転んで泣いていたときに助けてくれた、お向いのお姉さんの優しい声。父や母だけでなく、外の世界の人々が幼いわたしをひょいっと気にかけてくれた。そんなたくさんの「大切にしてもらった成分」が、大人になったわたしには詰まっているんだ、だから、きっと、わたしは大丈夫なんだ! なにが大丈夫なのかはわからぬが…自転車をこぐ足取りが、ふいに軽やかになったりするのだった。
益田ミリ「オトナになった女子たちへ」 3/11 朝日新聞朝刊 p.34