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勝手に引用のことを語る

 夫の父が脳出血で倒れたのは、昨年の正月。一時は危険な状態が続いたが、生命力の強い父は奇跡的に回復した。だが以降、突然、極度に危険な状態に陥ることが度々あった。そんなとき私は仕事で遠出していることが多かったが、病院に到着するまで待っていてくれて、そして見事に復活して見せてくれた。
 秋吉台に向かうタクシーの中で電話が鳴った。父の入院している病院からで、急に危険な状態になったので、来てもらいたいとの旨を伝えられた。だが、彼岸時期の飛行機の便は満席で、すぐに戻ることは不可能だった。どうしたものかと考えながら、いつものように奇跡的に回復してくれることを祈って、複雑な気持ちで秋芳洞に入った。
 夫は考え深く一つ一つを眺めていた。もしも神が存在して、宇宙の所々に不思議なパズルをちりばめたのだとすると、人間も含め、小さな地球上の全てが、神によっての創作物に感じる。秋芳洞はそういうことを思わせる自然なのだ。1時間ほどの探検を終えて外に出ると、また電話が鳴った。病院からだった。「たった今…」という医師の言葉が全てを理解させてくれた。
 私は思う。父は夫の目を借りて、秋芳洞を見たのではないか。そして自然に還ることを望んで逝ったのではないかと。

太田光代. オトナになった女子たちへ. 夫の目で神の領域見た父. 朝日新聞朝刊. 3/25 p. 34