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勝手に引用のことを語る

 先に私は、七十歳を越えて、心身ともに軽やかな風に吹かれているような気がする、と書いた。
 その理由を考えてみると、要するに「無責任」の年齢にはいった、ということらしい。
 この世は半永久的につづくが、そのなりゆきについて、あと数年の生命しかない人間が、さかしら口に何かいう資格も権威も必要も効果もない。
 人間このよを去るにあたって、たいていの人が多少とも気にかけるのは遺族の生活のことだろうが、そんな心配は無用のことだ。子孫は子孫でそれなりに生きてゆくし、また七十を過ぎた人間に、死後の子孫の生活の責任までおしつける人間はいないはずだ。
 生きているときでさえ、万事思うようにはゆかぬこの世が死後にどうなるものではない。
 七十歳を越えれば責任ある言動をすることはかえって有害無益だ。
 かくて身辺、軽い風が吹く。
(『あと千回の晩飯』山田風太郎)