大門先生の『軍師官兵衛』批評へのつっこみ
http://blog.livedoor.jp/rekishireal/archives/38692595.html
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世間はゴールデン・ウィークで結構なことであるが、「一人ブラック企業」である私には休みなどまったく関係ない。「労働三法」は適用外。働かなければ、待っているのは「死」だけである。働いても過労死すること間違いなしだ。どっちにしても死ぬのだ。
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冒頭から中二病みたいなニヒリズム発露して相変わらずの大門先生…。
今回は荒木村重の謀反の背景について。
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谷口氏は本願寺光佐が村重・村次父子に宛てた起請文を根拠にして、村重の新しい知行については、毛利氏が庇護する将軍・足利義昭に従うように述べている事実を指摘した(「京都大学所蔵文書」)。早い段階から村重は謀反を検討しており、織田氏・毛利氏との間で二股を掛けていたと指摘する。これが事実ならば、ドラマの村重はあんなに悩まなくてもよいのである。
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三好氏研究者の天野忠幸氏は次のように述べる(「荒木村重の摂津支配と謀反」(『戦国期三好政権の研究』清文堂出版)。天野氏は摂津下郡で支配を展開する村重にとって、反抗する牢人衆(村重に没落させられた国人・土豪)などは脅威の存在であった。同時に、各地で一向一揆が頻発する中で、百姓が本願寺と結び付き、一揆を起こすことが懸念材料となった。それは、仮に信長が滅亡したとしてでもある。
そこで、追い詰められた村重は、信長と袂を分かち、本願寺や百姓らと連携する道を選択したと指摘する。同時にこの選択は、毛利氏や足利義昭と結ぶことを意味した。
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これ、小寺政職の動向とぴったり重なってて説得力がありますね。実際両者はほぼ同時期に毛利氏の調略が成功していたようですし。
政職は自身も門徒だったそうなので、より強い結びつきがあったんでしょうか。(英賀合戦では官兵衛とともに英賀を攻めてますが…)
