また『歴史人』のブログから、もう1日過ぎてますが、この小笠原諸島の命名エピソードは面白いので
http://www.rekishijin.jp/rekishijincalender201312/1219/
-
151年前の今日、12月19日(旧暦)は、江戸幕府が「小笠原諸島は日本の領土であること」を宣言した日だ。
寛文10年(1670)2月、紀州からミカンを積んで 出向した商人の船が母島に漂着。その乗組員7人は自力で船を作り、3ヶ月近くかけて八丈島までたどりつき、伊豆下田に生還した。
そのとき「八丈島からかなり南に無人島あり、先住民はいませんでした」と、下田奉行所経由で幕府に報告されたという。
5年後 の1675年、幕府はその報告をもとに調査船を派遣して調査を行い「此島大日本之内也」という碑を設置。
「日本人はこの島をブニンジマ(無人島) と呼んだ」と、当時長崎に在住していたドイツ人の記録にある。
1727年、小笠原貞任(さだとう)という浪人が島の領有権を求めて幕府に訴え出た。
「朝鮮出兵の頃、曾祖父の小笠原貞頼が徳川家康の許しを受けて南海を調査し、島を発見した」 という記録をもとに訴えたのだが、 町奉行・大岡越前守忠相(ただすけ)らによる取り調べの結果、探検の事実、先祖・貞頼の実在、記録まですべて否定された。
しかし、良くも悪くもこの一連の騒動によって 「小笠原」の名前が広まり、「ブニンジマ」から 「小笠原諸島」へと呼び名が変わり、 定着していったという。
長時の三男・小笠原貞慶については1年前にも触れましたが、その子の秀政も含めた三代の軌跡も面白いです。
http://h.hatena.ne.jp/k-holy/243608029703100894
