id:k-holy は
ホリィ(新人)のことを語る

途中ですが何せ情報量が多いのでとりあえずメモ

三成に仕えるまでの経歴が明確でないとされる島左近ですが、出自について今のところ最有力と思われるのは、大和平群谷を本拠地とする嶋氏です。

嶋氏は興福寺一乗院方の国民で、官符衆徒の筒井氏を刀禰とする乾脇党に属しており、当時の記録では『大乗院寺社雑事記』や『多聞院日記』にその名が記されている。
どちらもかつて一乗院と敵対していた大乗院方の記録ですが、前者は反筒井氏、後者は親筒井氏的な立場で書かれているとのこと。

衆徒、国民というのは大和特有の事情で、大和では周辺国を含めた多くの荘園を持つ興福寺が守護と同等以上の権限を持っており、荘官や名主といったいわゆる国人・土豪層のうち、興福寺に仕える僧体の武士が衆徒、俗体のまま春日社の神人を務めた武士が国民と呼ばれます。
前者の代表格が一乗院方の筒井氏、大乗院方の古市氏で、後者の代表格が一乗院方の十市氏、大乗院方の越智氏です。

衆徒の中でも興福寺に在勤させた有力な二十人が官符衆徒で、興福寺別当を守護とすれば官符衆徒棟梁は守護代に相当することになります。

そして大和でも、争乱が続く中で衆徒や国民といった在地の武士が守護権力を凌駕していくわけですが、南北朝期から続いた一乗院と大乗院の対立から隣国である河内・紀伊・山城での両畠山氏の対立を経て、細川政元政権での赤沢宗益、細川晴元政権での木沢長政、そして三好政権での松永久秀といった外部からの侵攻が繰り返された結果、大和国人の旗頭として筒井氏が残って、興福寺は権力の実体を失ってしまうというのが大体の流れ。