東播磨の須恵器の話

平安から鎌倉時代にかけて、神出(神戸市西区)、久留美(三木市)、魚住(明石市)、林崎(明石市)等に登窯があって、須恵器や瓦が大量に焼かれていたとのこと。
しかし12世紀後半頃からより硬い備前焼が発展するとともに、徐々に押されていって15世紀には東播磨の須恵器は衰退してしまったそうで。

都へと届けられた播磨の瓦。ここの展示はいちいちイラストが可愛くて困る…。

日宋貿易の様子。「この絵とても良い物ヨー、もうちょっと出してくれないと釣り合わないネー」(※てきとう)
日本からは砂金や銅、木材、日本刀などが輸出され、宋からは銅銭、陶磁器、書物や経典、絵画などが輸入されていたとか。

発掘体験コーナーに展示されていた蛸壺、博物館が建てられている播磨町大中遺跡からの出土品です。
イイダコの蛸壺漁は弥生時代中期から行われていたそうです。スゴー
ホリィ(新人)のことを語る
