id:k-holy は
ホリィ(新人)のことを語る

仕事の進捗で読書の優先順位が変わったり、体調崩したり色々あって中断してた「天正壬午の乱」、ようやく一巡目読了したので、小笠原貞慶の続きを。

信長に旧領回復の約束を反故にされた貞慶ですが、本能寺の変後、石川数正の口添えにより家康の援助を得ることに成功します。
一方、貞慶の叔父・洞雪斎(貞種)も北信濃に進出してきた上杉軍の後援のもと、木曽義昌より深志城を奪回しますが、実質は上杉氏の傀儡であり、不満を抱いていた旧臣達は密かに貞慶と連携します。
貞慶は同じく徳川方となっていた下条頼安とともに塩尻に進出、筑摩郡の小笠原一族や旧臣の参集を受けて深志城を攻略し、洞雪斎ら上杉軍を放逐して33年ぶりに旧領回復に成功しました。

その後信濃では、いち早く上杉景勝に従属した真田昌幸が北条方に鞍替えし、同じく北条方の箕輪城主・内藤昌月とその実兄保科正直が高遠城を奪取するなど、兵力で優位に立つ北条方が優勢となります。
一方、徳川方の先遣部隊である七手衆は、酒井忠次が家康から信濃の支配権を約束されたことを盾に居丈高な態度を取って反発を招いた挙句、北条氏直率いる大軍の接近を知り信濃から撤退します。
そのため、貞慶も含めた多くの信濃国衆は(終始徳川方として孤軍奮闘していた依田信蕃を除き)北条方に鞍替えしたのですが、その後徳川方が局地戦で勝利を積み重ねていった結果、北条氏は信濃を撤退して徳川と和睦を結ぶこととなりました。