
この本にはばっちりここが検証されてました。というのも六角定頼から朝倉氏への礼状がちゃんとあるそうで…
「去年江北之儀、教景就出陣本意、尤以祝着候、為礼唯今差下浄光院候、永々在陣之儀辛労為悦候、仍而太刀一腰□進之、尚進藤新助可申候、恐々」
西尾市立図書館「古文状」所収文書 六角定頼書状写 朝倉ケ解由左衛門(三段崎紀在)宛より
その上で、今に伝わる金吾丸の位置は清水谷を隔てて大嶽と対陣するには丁度良い場所であり、浅井氏発祥の地と伝わる丁野のすぐ背後の山が大嶽なので、初期の小谷城の位置はやはり大嶽だったのでは、と書かれてます。ガッテンガッテン
ちなみに「三段崎紀在」でぐぐってみたら、信長の野望 Onlineの武将紹介のページが出て驚きました。
オンラインゲームだと家単位でバランス取らなきゃいけないから、そういうかなりマイナーな人物も登場してるってことかな。
宗滴話記の著者・萩原宗俊や、鳥居景近なんかもいるし…。(後者はマンガ「センゴク」の影響かもしれないけど)
