次の目的地は、同じく飯田線沿いの三河一ノ宮・砥鹿神社だったんですが、例のごとく豊川稲荷で時間を掛けすぎたのと、豊川から先は列車が激減していたので、名古屋方面へと引き返すことに。
ただ引き返すのももったいないので、車窓から見て気になった、今川義元の墓所がある牛久保で途中下車しました。

牛久保駅から徒歩約5分、牛頭山大聖寺にある今川義元の胴塚です。
桶狭間の合戦で首を取られた義元の胴体を家臣が背負って運び、ここに葬ったのが由来だそうです。
当時の義元は極度の肥満で馬に乗れなかったと言われてますが、それが事実ならさぞ大変だったことでしょう。(合戦地とされる豊明市からは直線距離でも約60kmあります)

牛久保には、あの山本勘助の墓もあります。(戒名は「天徳院武山道鬼居士」とあります)
勘助は15歳で牛窪城主牧野氏の家臣、大林貞次の養子となり、26歳の時に武者修行の旅に出たとされていますが、牛窪在住以来の縁で、ここ長谷寺の念宗和尚が遺髪を埋めて建立したとのこと。
またここには、勘助より託されたと伝わる摩利支天像も収められているそうです。

こんなかっこいい幟も立ってました。
2009春18きっぷの旅のことを語る
