『容疑者Xの献身』を途中から見ながら思い出してたのは、
前にハイクにも書いた『アルバート氏の人生』だった。
以下ネタバレありな話になってしまうのですが、
『アルバート氏の~』で、アルバートが、
伝染病で最愛の伴侶を失ってしまった友人に、
「自分と一緒に暮らそう、そうすればあなたの悲しみも癒えるだろうし」
みたいな事を(全くの善意から)申し出て、
友人にポカーンとされるシーンがあるのね。
俺も見てて「うわあ、なんも分かっちゃいねえ!」って思ったんだけど、
それは無理もなくてさ。
自分が女であることをひた隠しにして暮らしてたアルバートには、
そういう、自分の境遇とか(欲望も含めた)セクシュアリティをもひっくるめて
自分を受け入れて愛してくれる存在ってのがどれだけ大きな存在か、
「友人」とそれがどれくらい違うものなのか、知りようもない(なかった)んだよね。
自分の正体を知った上で友達になってくれた人がいた!っていう、
そこんところでもう、目の前に光が差したような気分になってる段階なんだし…
だけどそれは、アルバートと似た境遇ながら、
その事を知って尚愛してもらえた、って経験のある「友人」からしたら、
やっぱり「…は?」って反応でしかないという。
『容疑者Xの~』の石神が、「貴女には分からないでしょう」って言った
(手紙に書いた)のもそういう事で、彼にはアルバートと違って、
自分がそうやって世間とはズレてしまっていることの自覚だけはあったんだろうなあ、と。
