かなり適当な思いつきを書いてみるならば。
Aセクシュアルな人たちが表現したものに関してはどうかわからないし、
そもそも"性愛者("Aセク"の対義語な)"の表現したものだからっつって必ずしも全てがソコに繋がってる訳じゃないですが、
でも、小説でも詩でも音楽でも映画でも、そして漫画やアニメでも、
作った奴のセクシュアリティなり、もっと言うと「性的欲望」と密接に繋がってる作品ってのはそれなりに多いとは思う。
タイトルずばりの「ヰタ・セクスアリス」なんてのもあるし、
音楽でも、歌うプレスリーの下半身が放送禁止になったとか、
もっと古くは、
サラサーテのヴァイオリンを聞いたご婦人があまりのエロさに失神したとかいう話もあるわけだし。
じゃあなんで漫画やアニメだけが殊更にソコばかりをあげつらわれるのか。
俺がつらつら考えた限りにおいては、
まず、この2つは比較的新しい表現形式なので、
それが無い時代に育った世代からは、
「ナンダコレ」的に胡散臭がられるっていうのがあるんだろう。
要はあれですよ、「最近の若いもんは」的な
(いや、漫画やアニメ好きの中年に向けては
「もう若くもないのにそんなものに熱中して」だったりするけど)。
あとひとつは…それが(大人も好きなものとして)
メジャーなものになっていく過程で、
例の『M君』がやらかした事件てのは、
やっぱりどーしようもなく大きかったのかなあ、と……
海外のヲタクな人たちって、
日本に比べると屈託がなく見える気がするんですが、
その背景には、
そもそも性的な事柄に関してオープンであるっていう、
文化的バックグラウンドの違いも関わってる気がするんですが、
それと同時に、「M君事件」を通っていないってのも大きいのかなあ、とか。
