俺が『J・エドガー』に感じた「分かちがたく複雑なもの」について。
(ネタばれ全開にてご注意あれ)
フーバーとトルソンの関係性について、
特殊映画評論家の柳下氏とかはきっぱり「ホモセクシュアル」
扱いしてるんだけどさ、
それも間違いとは言い切れないけど、なーんか「そんな乱暴な…」
と思わなくもないのです。
映画のわりと最初の方で、フーバーは(後に自分に終生使えた秘書となる)
ミス・ガンディに求婚してる訳だし、
さる女優とデートして「肉体関係を持った」とも言ってる
(で、それがトルソンにばれて修羅場になるんだけど)。
トルソンとの間に、
ごくシンプルな意味での「友情」「信頼関係」以上のものがなかった、
と言ったらそれも嘘なんだけどさー、それこそ
「ホモソーシャルとホモセクシュアルの間」「Bromance」的な何か、
だって可能性も否定できないっつーかしたくない気が。
カテゴリ名で言えば、
フーバーはヘテロ・ゲイ・バイ・Aセク、いずれにも取れる気がするんだよね。
トルソンは「少なくともヘテロではない」のかなー、と思いましたが。
あと、ミス・ガンディ。
彼女がフーバーに終生とても忠実に仕えたのは、
「私、結婚に興味がないの。仕事が一番」という彼女のありようを、
(あの時代だというのに)フーバーがそのまま受け入れてくれ、
なおかつ仕事人&"人"として彼女を深く信頼してくれたから、
ってところもあるんじゃないかなー、と。
