【フジ(エゾetc)ロッカーはリア充なのかとか男のスカートとか】
フェスにもコミケ(一応…)にも参加した経験のある身から言うとさ、
なんつーのかなー、本当の「リア充」というか、
ソフィスケイテッドの極みみたいな生活送ってる人(実在するか知らん)からすれば、
有明で行列してるヲタクどもも、石狩や越後湯沢でタオル首に巻いてる連中も、
「なーんでわざわざそんな事してるんだろ、ご苦労さまよねえ(プププ)」
的なもんではあるような気がするんだ。
ではその両者でどこが違うか。俺が思うには……
「ヲタクである」という名乗りは(実際そいつの実情がどうかとは関係なく)、
なんらかの性的なイメージを伴う告白と捉えられる、
みたいな事をおっしゃっていたのは確かlisagasuさんだけど、
俺は前々から、「2次元(2.5次元も3次元も含め)萌え」をする人というのは、
性的嗜好におけるセクシュアルマイノリティと捉えられ得るんじゃないか?
と思っているんだよね。
で、そういうこと、ジェンダーもセックス(「身体的性別」ね)も含め、
性的な領域の事で少数派だと、
自分のそういう部分を自分で肯定していくことが難しくなる傾向ってないか?
性的な事柄を真面目に話すこと自体が未だにタブー感バリバリだしさ、
多数派は自分の「正しさ」を往々にして疑いもしないのがデフォだし。
一方、ロックとかダンスミュージックとか、あと俺は詳しくないけどヒップホップとかは、
未だに「良識的な大人が眉をひそめる趣味」って部分はあるにしても、
「カウンターカルチャー」、多数派への抵抗の文化としての認知も高いってところで、
どこか自己肯定感を得やすいところはあるように思うんだよね。
セクシュアリティと直結した趣味でもないし。
腐女子や萌えヲタの人たちが、自分たちの仲間内以外の人に対して
「自重」することを選びがちなのに対し、
フジロッカーやバンギャは比較的そうでもない感があるのは、
そもそも、自分の趣味は別に恥ずべきものでは全くない、っていう感覚が、
前者より後者の方がより強いからだったりもするのかなー、なんて思うんだわ。
…ぶっつけで書いてるんで、これが多少なりとも正鵠を射てるのかどうか、わかんないけど。
