id:spectre_55 は
自分(id:spectre_55)のことを語る

セクシュアリティの病理化に対するベターな対応策ってのは、
「俺を病人扱いするな」とか「○○は病気なんかじゃありません!」ではなくて
(や、そういう言い分したくなるのも感情としてはわかるんだが)、
「それが/そこに病理があったとして、それが何か?」
だと俺は思っている。
 
だって、「俺は/○○は病気なんかじゃない」って言い分だと、
自分なり「○○な人たち」なり、それ自体は病理化→治療?の強要ってルートから逃れられるけど、
「病理と認定されちゃったらハイ治療治療、プリントアウトして病院へドゾー」
というルートの存在、それ自体に対する抵抗にはなり得ないからさー。
 
ただ、世の中にはまだまだ、
特定のセクシュアリティを病理化し「治療対象」と見做す考えに疑問を持たない人たちが多いせいもあるのか、
そのルート自体に疑問を持ったり異議を唱える以前に、
ひたすら「自分も病人扱いされたらどうしようgkbr」ってとこに留まっちゃってる人が多いんだろうし、
そっから抜け出して「病気だったら何だってんだよ、こちとら他人様に大した迷惑かけちゃいねーよバーカ」
的なところに行くためにはそれなりのリソース…知識やら見識やら経験やら教養やら(ってのは当然「金」とある程度関係する)もそうだけど、
何より「自己肯定感」がないと難しいのかなあ、とは思うところで、
そのあたりを考えていくと、lisagasuさんのよしながふみに対する反感ともある意味つながってくるのかな、と俺は勝手に思っていたりする。
 
まあ俺はたぶん紛うことなく「病人」なんで、マトモなセクシュアリティのあり方を押し付けられたくなかったら、
リソースがあろうとなかろうと逆ギレ的に「それがどうしたよ」と開き直る他はなかったわけですがね。
 
そういや、
「蜘蛛は網張る  わたしはわたしを 肯定する」
と詠った山頭火も今で言えばトラウマ持ちのメンヘラでしたっけ。