id:spectre_55 は
自分(id:spectre_55)のことを語る

http://d.hatena.ne.jp/muffdiving/20090923/1253713066
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20090923/1253674546

↑らへんの女子割礼に関しての議論を読んで、
セメンヤ選手の一件の他に俺が思い出したのは、中国の纏足の話だったりする。
で、Wikipedia「纏足」の項で紹介されてたこの論文↓がおもろかった。

「纏足をほどこした女たち」星野 幸代
http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/proj/sosho/2/hoshino.pdf

で、この論文に、妹の纏足を止めさせた兄の話が出てくる(以下引用)。

>張幼儀(1900-86、実業家)は三歳の時、三寸の纏足を持つ母と大足の乳母か
>ら纏足されられたが、数日で次兄の張君励(1887-1969、政治家)がその泣き声
>に耐えかねて、止めに入った13)。母は張幼儀の結婚を心配したが、当時一五歳
>にして中等学校で教鞭をとる知識人であった張君励は、纏足はもはや時代遅れ
>であるし、幼儀が結婚できなかったら自分が面倒をみるからと、止めるよう主
>張した。娘が結婚できなくてもよいという保証があってはじめて、母は纏足を
>止めることを承知したのである。

モデルのファティマさんの話とかを読む限り、女子割礼も纏足と似て、
「まともな女/結婚できる女になるために受ける」ものって性格があるみたいだし、
割礼をしたくない・受けさせたくないと思ってる人たちに、
しっかりとした後ろ立てを用意すること、
「割礼を受けなくても馬鹿にされたり蔑まれたりしないで済むよ」
ってことを信じさせてあげることが、
女子割礼を過去のものにする為には必要なんだと思う。
ただ野蛮な風習だからやめろって言うだけじゃなくてさ。

それにさー、「女子割礼は野蛮だ」とだけ言い続けることは、
いろんな事情があって既に女子割礼を受けちゃった人を、いつまでも
「野蛮な風習の犠牲者」に留めてしまうことにつながりかねないと思うぜ。
割礼を受けたことで損なわれたものは確かに元には戻らないけど、
犯罪被害者をいつまでも犯罪被害者としか扱わないのがおかしいように、
割礼を受けた女性の、その後の人生にも様々な喜びや悲しみがあるはずじゃん。
女子割礼が受けた人の性感を著しく損なうことは多分事実だろうけど、
(前にも何度か書いてるけれど)性器を使うことだけが性行為ではないし、
性器で感じることだけが性の喜びでもないわけだし。

女子割礼って俺にとっても想像するだけで痛いようなことだけれど、
そこに脊髄反射して「んな痛そうなもんやめてまえ!」ってだけ言うことが本当に適切なのか、
考えることは無駄じゃないと思うんだがなー。

戦いに勝つためには冷静な戦略が必要なんだ。
ただむやみやたらにブッ放せばいいってもんじゃない。