同性愛者を初めとする性的少数者を苦しめ抑圧している
「人間、それなりの年なら異性の恋人が居て当然よねー」
的な考え方・発想をヘテロセクシズム(異性愛強制主義)と呼んだりするけれど、
これに苦しめられる人てのは実は「非異性愛者」とは限らなかったりする、と思う。
非異性愛者は「『異性』愛強制主義」に苦しめられる訳なんだけれど、
俺がキーワードおにゃのこでちょっとツッコミ入れたように、
他者との性愛を欲することができない人(=無性愛者・非性愛者?)とか、
あるいは異性愛同性愛両性愛の別を問わず性愛の経験に乏しい人は
「異『性愛』強制主義」に苦しめられてたりもするんだよな。
更に言えば、自分の性的なアイデンティティが揺らいでる人
(「性指向」でも「性自認」)にとっては、そもそも自分にとって、
誰が異性で誰が同性なのか、そして自分が愛を向けるべき対象は一体誰なのか、
教えてくれよベイビー!な状態なわけで、そういう人に対して
「ソープへ行け」的な物言いはやはり苦痛だったりもすると思うんだわー。
この(とりあえず俺の分類で)三者は同じ構造に苦しめられてる同士だとしても、
各々にとって最もツッコミたい場所はビミョーに違うのね。
で。それらを一切無視して
「ごちゃごちゃうるせー、黙って異性をナンパしにでも行きやがれ」
というのが、恐らく正しいヘテロセクシストのありようだと思うので、
それに反抗する側としては逆に、
そういった差異を無視することはあんまりよろしくないのでは、と思うんだ。
で、 異性愛者へ12の質問に関しては。
俺はもともと、皮肉とか嫌味とかブラックジョークは嫌いではないし、
「ああこれは『暫定的に』、『異性』愛強制主義の酷さに焦点当ててんのね」
という風に捉えて、俺は基本的に肯定的に見ているし、今もそうですが、
上のような「非ヘテロとは言い切れないけど異性愛強制主義には違和感を覚える人」
たちに対するフォロー的な何かはあっても良かったのかな、という気もします。
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