……これは某キーワードでの議論とは直接関係なく、
俺が個人的に思い出したんで書いとくこと、なんだけど、
性暴力被害の経験が、性指向や性自認に深刻な混乱をもたらし得る
(それが同性の加害者だったり女性の加害者だったりする場合は特に)、
という事についての無知というものは恐ろしいものがあって、
特にセクマイの場合、
「自分のセクシュアリティをトラウマのせいだと決め付けられる」
ことへの恐れからか、性暴力とセクシュアリティの問題とを「過度に」分離しがちで、
その結果として、セクマイのコミュニティの中で性被害経験をカムアウトした人が、
冷たくあしらわれたり、酷いときにはボッコボコにされる
(「じゃああんたノンケなのね、こんな所で何やってんの?」とか、
「トラウマ持ちとアタシらを一緒にしないで欲しい」とか言われたり)
ことを俺は何度か目撃している。
で、俺は、
1 セクシュアリティという言葉はもともと、「個人の性的なありよう」を
包括的に示すものなんだから、個人のセクシュアリティは性暴力被害経験
(によるセクシュアリティの混乱)も含めて、まるっと肯定されるべきなんじゃないか
ということと、
2 もし世間におけるヘテロセクシズムの圧力が今よりずっと薄くなっていったなら、
性暴力被害そのものによる苦痛はともかく、「セクシュアリティの混乱」に
付随する被害者の苦痛、ってのも薄くならないんだろうか?
ということを、頭の中でずっと考えてる(んだけど、未だに答えが出てない)。
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