【引用はうろ覚え】【それは引用とは言えない】
司馬遼太郎が書いてた、「兵棋演習では戦車なら等価で性能差は考えないことになっていた」とか、「米軍を水田にはめる作戦を立てて実験してみたら戦車は踏破できることがわかって、軍の偉い人が「馬なら沈むはずなんだが」と言っていた」というような話を思い出す。
明治以降の日本社会についてしまった失敗癖というものがあるような気がする。繰り返し現れる失敗の様式。そしてそういうものが抜き差しし難い日本の近代国家の成立原理と結びついているのではないかということを近頃想定してみている。
ほうきの癖を直すのが早いか、ほうきを作り直すのが良いか。
自分(id:Kodakana)のことを語る
