中村 私も、「私の理論だと、理解し合ってる親友どうしだったらうまくいくはずなのに、なんでうまくいかないんだろうね」って夫に言ったわけ。そしたら、夫が、「それはね、たぶん婚姻届を出してないからよ」って。私が「えー、そんな紙切れ1枚のことが関係あるの?」って言ったら、夫が「私ね、あなたと結婚するって決めて、婚姻届に判子を押すとき、自分に問いかけたんだ。こんな女と結婚して大丈夫?」って(笑)。自分はゲイでこの人と恋愛関係はまったくないけど、結婚届を出した以上は、この人のしでかしたことを半分自分が責任を取ったりとか、この人の人生を半分背負うことになるんだと。彼は「買い物依存症で、明日をも知れない経済観念で、こんな女と結婚して、その人生の半分を自分が引き受けられるのか」って問いかけて、覚悟を決めて判子を押したんだよね。だけど、ふつう、友達同士の同居って、相手の人生の半分を引き受けようなんて覚悟で決めないじゃない、って言うんだよね。確かにそうなのよ。だから、制度っていうのは、そういうところでは本当に機能してるんだなとは思った。
伏見 ぼくのゲイの友達でも、オネエ同士の大親友で、「私たちは、どうせ男なんかあてにできないんだから、強く生きましょう」って堅い絆で結ばれて同居した人たちがいたんだけど、一方に男ができてそっちに走ると、片方は、失恋っていうのではないけど、「あの女、裏切りやがって!!」みたいな感じになって大変だったことがある(笑)。やっぱり、ただの友達関係だと、情緒が全てになっちゃうから、関係もけっこう儚い。制度は人を抑圧するものだ、っていうのは、フェミニズム的というか、マルクス主義的というか、そういう権力観の世界像で、これまでゲイリブとかクィアとかフェミニズムとかはそういう観念に強く影響されてきたけれど、もはや、制度は利用するもの、という方向に移行したほうがいいんじゃないかと思うの。関係の不安定さとかをある程度緩和するために、そういう圧は多少あってもいいんじゃないかな、って。
中村 そうなんだよね。どんなものにも両面性はあるわけでさ。フェミニズムが指摘してきたみたいに、結婚制度というものからすごく抑圧されてた人、縛られて自由に生きられなかった女性は確かにいると思うんだよね。だけど、じゃあ、「その制度を壊しましょう」みたいになって、あまり自由になりすぎても、人間っていうのは永続的な関係は作れないものだっていうことがわかってくると、そのちょっとした抑圧ぐらいのさじ加減が必要なんだなっていうことがわかってくるよね。
伏見 結婚圧力が強くて、みんなが結婚しなければいけないという状況はキツいんだが、今や結婚したくてもできないような状況になっていて、その上で利用するっていうんだったら、ぼくは全然、結婚制度はあっていいと思う。その意味では、人生長いから、いろんなことがあっても支え合える関係を作るひとつの枠みたいなものとして、同性婚みたいなものもあっていいと思うんですよね。財政的に行政が個人の人生を全部フォローできないことは目に見えているんだから、自助的なユニットを設定しておくというのは、共同体の知恵でもある。
かがみのことを語る
