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せきららこのことを語る

特に「運命のもの、どこで買えますか?」や「自信のない部屋へようこそ」「40歳が来る」は、自分の事を美しくないと思ってしまって打ちのめされるような時でも、美しいものに手を伸ばしていいんだって言われ続けてるような気がしてて。美しい時も美しくない時も慈しむ事はできるでしょって。
劣等感やコンプレックスから、逃れる方法として、自虐ではないって事が嬉しかった。かといって「ありのままの自分を受け入れて」といった唐突なゴールの提示でもなく。「一歩進んで2歩下がる。が、下がってる時だって素敵なものは素敵、嫌なものは嫌と言えばいい」みたいな。
そもそも「女子をこじらせて」だって自虐でもカテゴライズでもなんでもなかったし、(面白おかしく書く、のはユーモアだわ)むしろ自虐するしか方法のなかった地獄から抜け出る最初の一歩みたいなものを示したからあんなにみんな胸打たれたのだと思う。
だから、読んでないであろう人が、その流れで「拗らせる」という言葉を使って「こじらせてるから結婚できない、パートナーがいない」とかやるの、勝手に、嫌だなあって思ってたし、だから著者が「そうじゃないよ」って戦ってるのも、凄くかっこよかった。嫌な事は嫌と言って、戦うしかないんだと思った