宮崎駿の引退会見を見ながら、あの引退発言の後、出て来た反応、に対する違和感がすっとクリアになった気がします。
「僕は自由です」って言う言葉が凄くわかりやすくて、私は「引退」と言う言葉をかなり肯定的に捉えていたので、ああ、やっぱりそうなんだ、と言う気持ちだったのです。
同時に、「まだできる」「がんばれ」と言う言葉が出てくるのが、あまりにも簡単に思えて、もはや暴力、と言う気持ちにすらなって、嫌だったんだ、と気がつきました。
世界を作り始めたら、手を抜くなんて出来ない。クオリティへのこだわりは見たらわかるってレベルになってる。大して、肉体はどんどん老化する。10年前に簡単だった事が、今ではしんどくなってる、と言う事が普通にある。それはどうしようもない現実だろうと思うのです。
年相応に成熟した精神だけを作品作りに生かして、手足を若手に任せる事が出来るなら、とっくにそうしていたと思います。いまだってもちろん、ギリギリまでしてるんじゃないかしら。もう、あとはそれこそ長編映画を作ると言うプロジェクトにおいては「町工場のおやじ」ではいられなくなったって事だよね。
作り続ける、と言う事は、やれ劣化だ、オワコンだ、という評価の場に立ち続ける事でもあるし。
そう言う事も含めて、もの凄く重くて怖くて、大変だ、と思っちゃったので、私は「作る事への期待」すらうかうかできないって感じだったんだねー
