個人的には、アキは、側にいたら、面白いけどちょっと面倒、と思っている(笑)
愛してる、と言うのとはちょっと違ってるかな。
私個人としては、どうかと思う行動に擁護してるつもりもなく、してるとしたら、「若いからなあ」につきる。
それはユイちゃんに対しても一緒で、ユイちゃんも同様に若いし、同じ位子供だと思ってる。
子供でいられない事件が次々と起きて、実際、子供じゃない顔も沢山見せているけれど、そこの顔と比較してアキが子供かと言うとそう言うもんでもないなあ、と思うし。
アキの持つある種の「当事者じゃない故の辛さ」は「当事者」と比較するようなものではなくて、それはもう、比較できないと言う事実があるだけで、かといって、アキにはアキの辛さ、みたいなものがある。共感してるとしたらたぶんそこで、私は、それを思ったらちょっと哀しくなってくる。
当事者のようでいて当事者でない、でも、現実辛い、とはいえ自分より辛い人がいるから、辛いとはいってられない、でも、大事な人が辛くて辛い、みたいなぼんやり感というか絶望感と言うか、ああいうのは、あれはあれでえぐり取られるような苦しみがある。
アキを見ていると、つい「病気の人はもちろん辛いが、その家族も、その友人も、変わる事の出来ない辛さがある」「病気の人が、本心では助けてと手を伸ばしながら、でも諦めようとしている」のをみたら、どうかと思う言動でも動くしか、もがくしかないんだろうな、という理解の仕方をしている。(そしてそれが、功を奏す事もある)
