ちょっと話してみてわかったのは、評論や、感想を、作者の為、と思っていると、評論や感想は「意味がないもの」になるんだな、ということ。
私自身は、作者の為、と思った事がなくて、そういう風に読んだ事もないので、それ自体は、ああ、層か、と言う気持ちだった。
ネットとかだと、確かに「作者に物申してやろう」というレビューも多いし、そう言うのに疲れる、と言う事もあるかな。でも、その手のものをみて、批評ってそう言う物だ、と思われるんだとしたら、それはもったいない事だと思うわ。
私が、いい批評や感想は、物語を面白くする、ってかいたら、そのまま「作者がその批評を受け取って面白くする」かのような受け止められかたをして、わかった次第。
私自身は、作品に対して出てくる批評や感想は、作者や作り手の為の物ではなくて、受け取る側の人間の為のものだと思っています。物語や、作品を咀嚼する為の物です。書く事自体も、咀嚼する機会でしょう。
いい批評やレビューが、作品を面白くする、と思っているのは、その手の批評が、作者自身に作用するから、とか、作品自体にメスが入るから、ではなくて、受け取り手が作品を咀嚼する事を手助けするから、です。
もちろん、作品以外の言葉を入れない、という咀嚼の仕方もあると思う。
それはそれで楽しみ方の一つだ。私だって、作品によっては、意識的にそうする事もあるし。
