id:skbn は
せきららこのことを語る

確かに、あまちゃん若手部の閉塞感、改めてみると、凄い…!かもしれない…!

まあ、北三陸の今の中年は、かつて、今の若手みたいだったのかなあ、と思うときはあるし、だからそう言う話なのかもしらんねえ。

現実的に若手の人生に対する答えは、今、そこには用意されていない、みたいな。

どうにもならないときもあるしどうにでもなるときもある。でも、生きてりゃその時答えを出して納得していくしかないんである、という話。

あと、今、地方の若者の集団の話を書こうとして、その年代のまま、彼らが自らの手で希望やハッピーエンドを生み出す絵を描くのは、難しいの…かなあ、とは思った。
難しいって言うか、これくらいの書き方が「希望」として現実的で、優しいかもなあ、って。
フォーカスを、彼らのその先にいる人たちに当てて、そこが笑ってる、と言う事が若者に跳ね返ってくる、ような書き方しか出来ない、かなあ、って。

それでも、若者は、お座敷列車に向けて、看板を作り直し、この町を再生させたい、と言う気持ちでいる。種市はあの海に潜り、ヒロシは観光協会の仕事をこなし、父親をサポート。ユイはすんだ笑顔を見せて、アキは、「なまってる方だけでもダメだ」「ユイちゃんだけでもだめだけど」(これが言えた!)という。水口?水口は…わかんねえ。あのまま琥珀を掘って美中年みたいになって、リアスのあそこにいつもいる人、みたいに…?

結局、今、目の前のこと、目の前にあって、一人でも出来ること、に打ち込むしかなくて、それが出来る物を選ぶしかない、という書き方かなあ。

ああ、でも、あと15分ある。明日、若者部がばーーんと、何か、見せてくれるかも知らん。