id:skbn は
せきららこのことを語る

あまり、スケーターの人生を、演技に重ねて語るのは好きじゃないんだけど(実際の人生なんて知りようもないから)
それでも、表現である以上、どうしようもなくその人自身は演技に出てしまうと私は思ってるし、それはもう、どうしようもない事だと思う。

「火の鳥」の音楽の強さみたいなものとは演技の方向性が違ってた、というのは、もちろん、今日はたまたま、慎重だったからかもしれないし、緊張してたからかもしれない。それに、強さ自体がない訳じゃなくて…強さの質が違うっていうか。けれど、しなやかっていうほどスマートな感じでもなくて。でも私はここにいる、って言う、どうやったって肯定するしかない、と言うような強さで、かっこいいな、と思ったんだよね…