id:skbn は
せきららこのことを語る

「マダムプティ」を読む限り、高尾滋の漫画の書き方はかなり少年漫画のそれに近いように思う。
「戦闘」や「事件」といった行動で物語が動くのではなく、あくまで主人公の「感情」や「主観」をメインに据えて話が進む。
事件は起こるが、ズームアップされているのは、あくまで主人公がどう感じ、どう動くか、である。
それは大層少女漫画的ではあるが、その割には主人公のモノローグが非常に少ない。
では何故主人公の感情がメインである、と言えるかと言うと高尾滋はそれを絵で表現しているからだ。
もちろん、漫画は絵のある文化なので、多くの漫画家はそれを絵で表現する。
高尾滋はそこにほとんどモノローグを付けない。感情(絵)→行動(絵)→台詞という運びが多い。
高尾滋は、表情の変化を丁寧に掬って描いている。
例えば、「ショックな事件の手がかりを見つけた」シーン。主人公の表情にほぼ1ページ使っている。
主人公が何か気づいた顔、さらに目のズームアップ、口のズーム、ショックな事件のフラッシュバック、その主人公を見る周囲の人間の顔。
ここまで、モノローグはない。
「ショックな出来事の後、周囲を気遣って日常生活を積極的に営もうとする」場面はいささか唐突だ。
追いすがって叫び絞り出すような表情から一点、姉被りを下主人公が唐突に現れて給仕を開始する。
主人公の感情を補足するモノローグも台詞も、省かれている。

もちろん、演出効果だと思う。そして、果敢な挑戦だと思う。
正直、1、2巻を読む限りは、不親切だな、唐突だな、と思わない部分が、ないでもなかった。

逆に、モノローグたっぷりで少女漫画的手法で徹底的に突き進んで成功したのは「君に届け」である。
正確な数字は解らないが、主人公カップルが片思い時(前半部分)は、むしろ押さえられていたのだな、と思う位、モノローグはどんどん増えていったように思う。特に、主人公二人が両思いになった巻などはモノローグで話が進んだ。もう、モノローグしかない。モノローグで会話した。その情報、言葉に出してないのに伝わっちゃってるよ!これが両思い?あれ!周囲にも聞こえちゃってるよ!?だだもれ!?……
モノローグかと思っていたが、声に出ていたのかもしれない。声に出ちゃうほどの強い思い、を表現したのか。違うか。

更にもっと言うと、モノローグにすべき説明や主人公の感情までも、セリフにしてしまうのが荒木先生である。
そこに痺れる憧れるゥ!である。説明はまだいい。説明セリフ、というジャンルはあるから。でも、主人公の感情までセリフとして語らせるのはどうなんだ。今読んでも斬新。しかも主人公が語ってるんんじゃなくて、主人公の周囲にいる男が語るのだ。
「あいつはこう思ってるんだぜ」と長々と語られる他人の感情の説明セリフ……ラヴ!スピードワゴン!!!かわいいやつめ!でも、そのセリフは、声に出さないでかいてもらうか(モノローグ)主人公のセリフにしたらいいと思うよ!しかし、こんな変拍子を挟んできながら、ぐいぐい作品世界に取り込まれるのだから、荒木先生の漫画力はジョジョ初期から凄いのである。

長くなった。この辺の事、もうちょっと整理してブログに書きたい。(整理せずに転記しそうな気もする)