そうですねえ・・・・・・
信仰が結果的に差別を産んでいる、そういう側面がある、とは思います。
ただそれは、キリスト教に限った事ではないと思っていますが。
この問題に関しては、キリスト教の社会が「認めない」とするならば、それは異質なものの排除といった生理的な差別主義ではなく、宗教上の教義によって「認められない」わけですよね。
宗教的な教義によって決められたことを外部の価値観に照らしあわせて糾弾する事は、その教義を信仰する人たちの「信仰の自由」を奪うという人権侵害につながります。
怖いというのは、異文化に対して不勉強なまま、自分の文化圏の考え方に照らしあわせてジャッジする行為についてです。それって無自覚に別の差別を生むだけでは?と考えます。
私個人としては、同性婚が認められるべきだと思っているし、従来ある婚姻制度と同等の権利が与えられるべきだと思います。
そのためのアプローチとして、新たな差別を生む方法や信仰心や異文化の価値観を踏みにじる可能性があるものは支持したくない、ということです。
そもそも婚姻は法制度の話であって、信仰上「同性婚を認めない」という問題とは別の話ではないかとも思いますし。
