キングダムハーツって言うゲームがあって、その主人公は、大人になる課程で「選ばない」主人公である。
例えば、大人になることの象徴として、「恋愛」があるとしたら、恋愛感情というのは、例えば、友人のうちの誰かが特別になるって事だと思う。そしてそれは、時に(ていうか原則)誰かを選んで誰かを選ばない、と言うそう言う行為だ。
思春期を過ぎれば、それこそ、もっと世界が広がれば、関係が変わることは捨てることではないんだ、と言う事に気がついたりするけれど、そこにたどり着くまでは、「切り捨てるように選ぶ」「傷つけるとわかっていても、選ぶ」と言う行為そのものが必要な場合が、ある。
キングダムハーツは、ドリカム編成(90年代のー男2、女1と言う編成)の仲間達の中で、主人公じゃない男子が女子を好きになり、でも女子は潜在的に主人公が好き、と言う構図がまずあって、女子を好きな男子は、彼女を思いながらも苦しくて、心が闇にとらわれてしまい、それを、主人公が「当たり前のように」助けにいく、ざっくりいえばそう言う話です。
私が、この話を秀逸だな、と思うのは、主人公を「選ばないからヒーローになれる」という位置づけにして、ヒーローがヒーローたる所以を、丁寧に描いてるからだ。同時にそれは、大人になる課程で変わっていく関係をも浮き彫りにする。
ヒーローが闇雲に周囲の人を救おうとする行為は、ある時期までは、子供っぽいこだわりにしか見えないんだけど、でも現実はそうじゃなくて、このヒーローのやってる行為は「選ばない方法を模索する」ということである、と言うのが描かれる。
彼の愛情は、まるでろうそくの炎のように、増えていく物であり、ケーキみたいに切り分ける物じゃない。そして、そういう人間こそがヒーローになれる、そう言う話だ。
