ハウルがあそこまで無条件に戦争を憎む理由、だとか描かれていない所もたくさんあるのだけど、
そのあたりはいつものジブリ通り
「ハウルがこんなにも戦争に反対する理由は、きっと原作(か、カットされた脚本)の中にあるに違いない」と納得している。
物語なんて、全部が全部説明できる訳がないし、説明がつくからいいと言う物じゃないし、大事な所を押さえる為に切り捨てたのなら、あの切り捨ては、私にとっては成功している。
最後、ハッピーエンドね、チャララン♪と戦争は終わるのだけど
あれは、キスして王子が目覚める、という演出への延長だろうと思う。
おとぎ話はハッピーエンド!ちゃんちゃん、である。
しかしおとぎ話であるなら、王子と姫は結婚してめでたしめでたしになる。
そこまでにはならない。姫には、別の思い人がいる。
そのあたりが「そうは問屋が卸さねえ」である。
一見、何もかもハッピーエンド。おとぎ話ならそこで終わり。
でも、物語が続いていくなら、戦争はまた起こるだろう。
問題は全部解決していない。させていないんだと思う。
ソフィーの自信のなさも、ハウルの弱虫も、美醜へのこだわりも、本当は、消えてすっぽりなくなってはいない。私は、そこも良い、と思っている。
全然別の話だけど、かかしのカブ頭は、ソフィーがおばあちゃんになってから出会った人物で、
その人物がソフィーを愛している、いる、と言う描写は、美醜と無縁の存在=おばあちゃんになった事で、ソフィーが手に入れた自分自身(ソフィーの自信のなさは美に原因があった訳だから、その美とは無関係な存在になる事で、彼女自身は図々しくー自分自身を躊躇なく出せた、と言う部分があったと思う)を出し、自分で決めて自由に生きるようになってから愛された、わけで、突飛に見えるけど、結構重要な「おとぎ話要素」だな、と私は思っている。
