id:skbn は
せきららこのことを語る

遊川さんは、人間のいい面も悪い面も書きたい、と言う意欲があるんだろうし、実際その欲求は、空回りするほどに画面からあふれ出しているわけだけれども、その割には生活のリアリティを軽視しすぎである。

沖縄のホテルで台風対策をしてない、なんて「ホテルオープンは純の気持ち次第」以前の問題だし、歌手でもなんでもない女の子が普段着で歌を歌う、だけのことをサービスと称していたり、
序盤料理してた純がある日完全に料理の出来ない女、と言う設定になったり、もう、しっちゃかめっちゃかですね、としか言いようがない。更にここに来て、やりたいことのための設定、ですよ。もう、序盤の、絶妙な見えなさで描かれてきた純の成長、なんかは台無しですよ。

雨乞い辺りのシーンで、これは、やっぱりファンタジーをやりたいんだろうか、と考えたりもしたんだけど、ファンタジーにしてはレベルが低すぎる。

人間を書こうという割には、細かな設定や生活が雑すぎる。

ということを、私は割と遊川脚本には思い続けてるんですよね-。(だから、最初の頃、脚本家に裏切られそうって言ってたのだった)

ところで、武田鉄矢は海に落ちて死んだけど、十年愛の大江千里は確か
「メリーゴーランドが故障して高速回転。そこに乗った子供を助けようとして死んだ」
のではなかったか。死因はともかく、あの時画面から流れてきた絵は、ふざけてるの?としか言い様のない物で、今でも、あれは夢だったのかも……と思っている。