id:skbn は
せきららこのことを語る

ツイッターでリツイートされて、その先の先に飛んだりしていろいろ読んだりしていると、「ボナリーが差別と闘った選手」として語られていたりして、いろいろ考える。

私は、彼女らは差別されて不当に低い順位つけられた、と言うのもまた、なんだか差別的だな、と思ったりする。

不当に低い評価を受けた試合がなかったとは言わないが(そしてもちろん、そう言う試合があってはいけないのだが)彼女の持つ順位や、成績、そんなに「不当」かなあ、とも思う。

彼女はそのジャンプとバネを評価されていたと思うし、逆にあのジャンプがあったから、あのスケートの質でもあの順位にいられたんだと私は理解していたし。番組ではざっくり「表現力がないといわれて、だから頑張って表現力を身につけたけどやっぱり評価されなかった」というくくりにしてたけど、明白にスケーティングの質の問題(順位はその差)だと思う。(少なくとも幕張の映像はそう思った。ちょっと前にyoutubeに演技があってみたんだけど、そのときもそう思った)

他の人が同じジャンプさえ決めてくれば、スケーティングやステップで差がつくのは当然で、だってそういうスポーツなのだし。
もちろん、スケーティングは、ボナリー比でどんどん良くなってたし、プロになった映像がすごく綺麗になってたのは驚いたけれど。

彼女の、肌の色やに対する偏見や差別は、現実にあっただろうと思うのは想像に難くない。

ただし、それが、フィギュアスケートの採点の場でどの程度あったか、というのはもう少し慎重になるべきじゃないのか。伊藤みどりさんは時々「容姿とか美しさで評価されなかった」みたいなことを言うし、番組は伊藤さんもまた、そう言う差別と闘ったのだ、と言うのを暗に漂わせていたけれど、正直、推測の域は出ないと思う。それと、どのスポーツだって産まれた国って言う物があって、そこで育てられてきた審美眼に引っかかりにくい、と言う事と、「差別」というのは違うんじゃないのかなあ、とも思う。(それで苦労する、と言う事はもちろんあるが、その苦労は果たして不当なもので、差別的な扱いを受けた、と言う事になるのか?)

当時、あの真意のつかみにくい採点方法の中で、肌の色で差別するジャッジ、が紛れていたとしてもおかしな事ではないし、実際そう言う事はあったかもしれないけど、ただ、採点全てが差別でそれと闘い続けた選手、と言う描かれかたには、正直違和感を覚える。