id:skbn は
せきららこのことを語る

「実母の持ち物を最終的に片付けるのは高確率で私になるだろう」という問題に関しては、物理的にも精神的にも、しんどいなあ、と思っている。「実母の死語、その持ち物に対する最終的な責任は私になるだろう」ですね。精神的には、そっちがしんどい。

もちろん、実際はどうなるかわからないし、基本的に、うちの母はわりと、死ぬ前の整理と言うことに意欲的な人なので私がどうこう言うことでもない、と思っているのだけども、現実的に考えたら高確率で私が片付けるんだろうな、という事実には、時々、時々ですが打ちのめされます。

なので、実際はどうなるかわからない、と言うことを頭に置きつつ、「母の荷物を片付ける」をスケジュールに入れている、と言う状態です。せめて、心構えをしとこうと思って。
どうしても欲しい物とか、必要じゃない物で、実家に既にある物、に手を伸ばすとき、「でも、実家にこれ、あるよな」と立ち止まって考えるのはそういうこと。いずれ手に入るから、と言うよりも、どちらかをもてあますことになるかもしれない、その時どっちを捨てるのか。それを考えなくちゃ行けないかもしれないな、と言うことが頭をよぎる。

市松の重箱と平安堂の六角重箱を比べたとき、買うとしたら市松かなあ、と言う気がする。万が一重箱がだぶついたとき、5万円の重箱をだぶつかせるのは、ちょっと嫌だ(笑