もはや、「日本が勝てない柔道は柔道じゃない」と言ってるようにしか思えないジュードー問題。なんかもう、そう言うのが一番武道の精神から遠い気がする。
組まないでいたら指導が来るというのも厳密に取られてた。帯の緩い選手には指導も入った。長時間相手の帯を持ち続けたらこれにも指導が入った。組む事なく、いきなり足を取りにいく技は一発で反則になり、これによって有力選手が消える場面もあった。きちんと技がかかっていなければ、背中から落ちても一本は取られないし、そう言うルールがある以上、「力技で投げる」と言うのにだって無理がある。(そして、物議を醸し出しはしたけど、今のは技がかかっていたか、どちらの技か、を厳密にする為の制度がジュリーでしょ?)
そりゃ文化圏も違う国がやってんだから、発祥の地と同様の精神がある訳はないし、そもそもそんなにその精神が大事だと言いつつ、その精神が普及できていないとしたら、普及する側の問題も大きいでしょう?(つまり、問題は普及の方法にあるでしょう?)
毎回負けたら、あれは柔道じゃない、JUDOだって口にして、日本がいかに不利か、を言うけど、今回の五輪は、負ける理由をJUDOだからだ、と言い続けてる事に無理があるよ。
ひとまず、世界は強くなった、から初めていいんじゃないの?
「精神」や「ルール」の伝播の仕方に対する問題点と、負けてしまった、事に対する問題点がごっちゃになってるのが凄く気になる。
大体、なんで外国の選手のみんながみんな一本取る柔道やってないって言うの。
一本取る気がないってなんで言い続けるの。アンフェアな選手もそりゃいるよ。
いるけど、何人かそう言う選手がいた、だけの事で、フェアな日本VSアンフェアな外国と言う論調を許してしまってる、って事が、本当にもう。
フィギュアスケートもそうだけどさ。自分が見たい演技、自分が見たい柔道、と言う型に当てはめて、それ以外はそのスポーツじゃない、という言い方は、やっぱりおかしいですよ。
