id:skbn は
せきららこのことを語る

私は、割と、行政には行政の正義があると思ってる方なんだけど、最近書いてきた行政の対応は何故?と言うのはね。

今、ボランティア団体が「協力しませんか」って言ってるのって

「お金がない?じゃあ、こっちで募金を集めます」
「人手が足りない?じゃあ、人員はこちらで確保しましょう」
「保護した後の問題?わかりました。シェルター作ります(これ、募金と私財で成り立ってます)」

って所までやって、どうかお願いします、最後の、署名捺印をしてもらえませんか、と言う状況で突っぱねるのは、何でなの、っていう話なのよ。

もちろん、署名捺印にかけるマンパワーが0だとは思ってないし、金額が0円だとも思ってはいません。
責任問題、もあるでしょう。

それでも、行政が自分で保護に人をかけて、お金を払ってやるよりも、ずっと楽になってるはず。

これで、行政が、保護に乗り出していない、と言うのならまだ話はわかる。

しかし、行政は、保護を行ってる。
期間を定めて、動物を捕獲し、外に出している。

つまり「保護」を是としているんです。

でも結果は上がってない。本気でやろうとしたら、膨大なマンパワーとお金がかかるからね。技術もないんですよ。動物を保護するのって、技術がいるんです。行政には、それがないの。それがなくて、結果的に救出できないのに、ボランティアを閉め出すことに尽力して、時間だけが過ぎている、と言う状況に対して、ボランティアさんは「協力させて」といってるんじゃないでしょーか。

それから、もしも、ペットを財産、と捉えるのなら
「みんな財産を失っているのに」「ペットだけが救われるとは何事だ」という不公平が生じる場合。(実際、多くの飼い主にペットは戻っていませんが)

私は、その考え方自体とてもばかげていると思いますが、行政が公平性を重んじるなら、いたしかたなし、とは思います。

まあ、だからこその「協力させて」なんだと思うけどね。ボランティアさんも、多くは、住民の依頼を受けて、保護、捕獲を行っているんですよね。
「命がかわいそうだから」という感傷だけで出かけていって、犬猫を外に出している分けじゃないって事を考えると、それもまた、住民の要望じゃないのかな、と、私なんかは思います。