id:skbn は
せきららこのことを語る

人の見方に、いちいち文句つけても仕方ないってわかってるし、文句言った所で、見方は自由で、そう見てしまった物は変わらないんだから、と思うんだけど、それはちょっと、見方を補正する情報が足りてない、とか、情報が違ってる、と思ったらやっぱり訂正したくなってしまう。

EX
1.パトリック・チャンって表現力がない(小塚でいわれることもある。端正な滑りをする人に言われがち)
2.コストナーとか、パトリック・チャンとか、キムヨナみたいに低難度技術をまとめる人がメダルとるって言うのはスポーツとしてどうなの
(昨日見た。いろいろまちがってる。何年前の話をしてるの?何年前でも間違ってるけど!)
3.浅田真央はこどもっぽくて、あれじゃキムヨナに勝てない。(フィギュアスケートがスポーツである、と言う見方が抜けてる)

オラ、前回の五輪の時、男の人に「浅田真央って子役っぽくて、あんなんでキムヨナに勝てるわけない」って言われただ。「色気がない」見たいに言われて、もう、こういうおやじ的な見方に辟易としてしまって、でもはらがって闘っただ。
スポーツに対してのこういう見方、それをありだと思う風潮、本気で恥ずかしいと思ってほしい、と思って。

いや、色気を見るのは良いよ。色っぽいと思って、それで好きになったりするのはもう勝手だから良いよ。でも、スポーツの評価と絡めて語るなよ、と思うのよ。スポーツの見方として、その見方は良い見方じゃないし、女性アスリートにも失礼なのよ。そこに無自覚なのが、嫌なのよ。