id:skbn は
せきららこのことを語る

カーネーション

なんとなーく、直子目線でみていたカーネーションですが昨日、今日あたり、私の長女イズムが刺激されそうな(笑)

周りから「いい子だね」と言われて育つというのは、逆に言えば「いい子でなければいけない」と思わされることでもあり、すぐ下に手のかかる妹がいたら、なおさら。
大人の顔見て、自分がどういう存在であれば、自分として認められるのかを早いうちから考え、模索することになる。結果、周囲の顔色みて動くから「いい子」という印象を与え、それが成功体験となると、長女はますますいい子でなければならない、と思う。

と言うようなことは、多分育児書あたりによく書いてある、それくらいステレオタイプの見方ではあるんだけど。

困難な状況にあたったとき苦痛に感じる、面白がれないのは「いい子でなければならない」という呪縛があるからで、まずはそもそも、困難な状況にぶち当たってはいけない、のだ。いい子は。ああ、優子、哀しい。

優子が絶対言われてた台詞に「直子と違って」だとか「あんたはお姉ちゃんなんだから(いい子でなければならない)」とかがあるはずで、実際糸子には「あんたは直子と違うて、習い事はなんでもよう続くな」って言われてた。

それは彼女のプライドをくすぐり、「(直子と違って)いいこの私」がアイディンティティの主軸となるには充分な体験だったと思う。でも、当然、大人は直子は直子でかわいがる訳で、あのごんたくれが自分より手をかけられ、かわいがられることに納得いかない、と思っていたことだろう。私の方が、こんなに我慢してるのに!頑張ってるのに!と言う思いも、あっただろう。だから、優子にとっても直子はライバル、なのだなーと思う。

大人になったら、直子も全く別の我慢とがんばりをしてるってことがわかるんだけど、その頃はわかんないし、わかんなくていい。わかんなくて、たたかえばいいのよねー。