カーネーション
私が優子寄りでみてしまうのにはもう一つ理由があって
それは姉妹の中で似ているのは直子と糸子だ、と言う印象があるから。
端から見たら、三姉妹それぞれそっくりなんだけれど、本人たちにしてみれば
どことなく、糸子に似ているのは直子、と言う感じじゃないかなあ、と思う。
それでそれの何が辛いって、どこまでもどこまでも、優子は
「おかあちゃんは(自分より)直子の事を認めてる」という劣等感を持血安隠者内かなあ、ということ。
だから優子は、外に自分を認めてもらえる場所を求めている。
昨日、聡子が新聞に載った件で、「一番認めてほしいのはお母ちゃんだろうけど、近所の人たちがちやほやしてくれる事で、寂しくても孤独ではない」と書いた方がいたけれど、要するにそういう事だと思う。
優子は、お母ちゃんに認められ、求められたいけれど、お母ちゃんは良くも悪くも率直で、認めるとか求めるとかそういう問題じゃない、と思っているだろうから、優子の思うような「認めて褒めて求めてもらう」と言う事を望んでも……無駄。
「そういうことじゃないんだ。もっと根本的なところで、親子と言うどうしようもない関係の中で、愛して、慈しんでくれてるんだ」と思えるその日まで、子供の片思いは続く。
(子供の若いうちは、うすっぺらい愛の言葉が欲しいものなんデスよ!)
