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せきららこのことを語る

東京新聞:成人の日に考える 前へ、明日へ、未来へ:社説・コラム(TOKYO Web) http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012010902000067.html

社説関係でtwitterを検索して色々見てたら、東京新聞の成人式の社説が紹介されており、読んでみたら確かにぐっと来る内容でした。

以前、犬を飼い始めた頃、飼育ノイローゼのようになってた頃がありました。
犬は夫の希望で飼い始め、基本的に夫が面倒見る、と言うことだったんだけど
夫は平日昼間は会社にいっており、結局私が面倒を見ているうちに……何となく追い込まれて。

犬は可愛いのにストレスフル、というその頃、私が切望していたのは、
飼い主としてもう1人の当事者である夫の「ごめんね」と言う言葉でした。

とにかく夫には、「自分が面倒を見る」と言いながらそれが出来ない、という、自身の見切りの甘さを認め、謝罪して欲しい、とおもっていました。

それは合理的な提案や具体的な問題解決にはつながらないかもしれないけど
でも、とにもかくにも、そっからスタートしなければどうにもならないような気がしていました。

一度、それをやってくれないと、「仕方がないよね」で受け入れられなかったのです。

その謝罪は、夫が自身を「当事者である」と認めることだ、と思っていました。

実際夫は「私の負担を減らすために」(と口にしたりもしながら)具体的な提案をして助けようとしてくれてはいましたが、それらはされればされるほど、「あなたを心配してるよ」と言われれば言われるほど、夫が当事者じゃないような気がして、逆に腹が立ちました。

そう言う私ですので、東京新聞が書いた
「あなたたちの責任ではない。大人の責任だ、それでも」
という言葉にはしっくり来ました。

昨日、テレビでインタビューを受けていた金髪ピアスの新成人が
「津波は二十歳の俺らへの挑戦状だとおもってる」
って言ってました。

ネット文化に触れまくっていると文脈関係なく「挑戦状」と言う言葉のチョイスを面映ゆく感じてしまいがちなんですが、この時は、ものすごくぐっと来ました。

それは、その大きな言葉の中に、彼の当事者意識があったからでした。
頑張れ、と思いました。頑張ろう、と思いました。

後、ハイクはミニブログなのに私は毎回ちょっと長すぎるんじゃないだろうか、と思いました。