ついったーで、20代女子が読むべき本、的なハッシュタグがあって、あまり考えずに「私が読んでる本の中ではどれがあてはまるかな〜?」とgoodjob!と森瑤子と桐島洋子と北村薫のスキップを書いてツイートしたんだけど。
ツイートしているうちに
「20代以上女子」というくくりに、なんだか不思議な気持ちになってきて。
だって20代以上女子、なんて世の中の半分くらいじゃん。
共通項をあぶり出して、色んな言葉で、似たようなカテゴライズして、確かに一つ一つの言うことになるほど、と思うんだけど、でもやっぱりくくり、大きすぎやしねえ?
一見、自分がカテゴライズされることで、自分が社会に認知されたような気持ちになる?
でもそれって「違う」ことだし「実際違う」。
なんというか雑なくくりだな、とおもうと、なんか心が止まったのよね。雑だなーそんな雑なくくりに、入れられたいかなあ、と思ったら(入れられたい、もなにも、20代以上女子という意味ではどうしようもなく入っちゃってるんだけど)それはもう、記号意外でそんな風に言われるのは、嫌な気がする、と思ったのだ。
私は、20代以上の働く女子よ!とか、結婚できない女子よ!とか恋愛できない女子よ!と言うカテゴリーが、記号として働き、みんなの中の共通認識として「記号である」と思っているのであれば、ただの考え過ぎなんだけど、色々考えながら、果たして今、これ「記号である」という余裕をもって受け入れられてるのかな、と考えてしまった。
