id:skbn は
せきららこのことを語る

うちはずっと父が居らず、それが当たり前だったので
「父」系のイベントに対してはスルーが普通。

コミュニケーション系(父の日)はもちろん、父の話題すら参加できない、と思っていて、そのことを特別寂しいと思ったこともないし、もう、なんていうか普通に「父の話は、ない」という状態で今まで来たんですけれど

さっき、ハイクにネタを投稿したいあまりに
その題材であった「父」について必死で思い出し
その課程で、ふと、あ、そうだよな、スルーしきってるけど
父親は存在するんだよな。だから、別に、私は父親の話に参加できない、なんてことはないんだよな、という当たり前のことを人生で初めて思いました。

今まで、父親の話自体はしたことあるし、ていうか
別に普通に話はするんだけど「自分の父」と実感して話していないんですよ。

西村賢太の小説を読んだときに、こういう男を知っている……うちの父だ!とも思ったんだけど、その「父」はあくまで呼び名でしかなくて。

「母親と対になる題材で」
「父親について考える」
からアプローチしたのが、良かったんだと思います。(なにが?)