「50/50」について、もうちょっと詳しく書くよ!
あ、これ、興味深いなー。説明ってやっぱりいかに削ぎ落して理解させるか、だよ。
制作側は勇気のいる事だと思うけど。私はその勇気を称えるよ、と思ったりしたので。
・ちょっと神経質で基本受け身の主人公の、癌になってからのだらだらとした疲れ方がリアル。
「立ち上がれって言われたら、たてるよ?でも、だるい。」みたいな。
あまりにもリアルで、見ている私も主人公と一緒になって疲弊した。
- kwsk!--
- kwsk!-- 結果的にそれは主人公に対する救いになっていたし、更に一件無神経な人や傷つかなさそうな人、とカテゴライズされてしまう人がどれだけ傷つき、そしていろいろと考えているかという事もちゃんと推し量れて、泣けた。私はどっちかって言うと無神経で傷つかなさそうな人、だからね。そういう視線に、ずっとずっと傷ついてきたよ。という、私の実感はおいておいても、病気できつい、という事実があるとしたら、それは当人の母親にも友人にも、別種の辛さがあると思う。比べようがないよ。代わってあげられないし。親にとっては「代わってあげられない事」が何よりも辛いかもしれないじゃん。(そしてもちろん、この映画の恋人だってしんどいに決まってる)
そうやって疲れ果てた私の目や耳には(そしておそらく、主人公の目や耳にとっても)
友人や恋人や家族の励ましや慰めは凄くうるさかったし、かといって、それを怒ったりやめさせたりするエネルギーもなく、だから、画面上で主人公がだすぬるい笑顔や小さなため息は見ているこちらの表情でもあった。
それは、「主人公が嫌だと感じているものを理解する」というレベルのものじゃなくて
私自身がまず嫌だ、と思って画面見たら主人公どうやらそう思っているらしいぞ、というような、有無を言わせない実感。
・行き詰まって爆発したら新たな視点を得た、というのはベタな演出ではあるけれど、泣けた。
・セラピスト役のキャサリンがかわいかった。シズニーとコルピとコストナーを足して割ったようなおきゃんなかわいさ。お母さんは、レオノワにしか見えなかったが、途中から小林幸子になった。
