大きな声では言えませんが、私はやっぱり、あの一件から斉藤和義の評価はがらっと変わった。
はっきり言って、かっこわるい、とずっと思ってる。
主張どうこうではなく、あのやり方は、セイフティネットをいくつも重ねた、勝ち戦でしかないように思うし「大きなものに果敢に挑戦していく小さな人」という図式(であれからしばらくはずいぶん持ち上げられていたが)は幻想でしかないと思う。
そのときも誰かが書いていたけど、あの時のあれは「負け犬に石を投げつけているだけ」というのは本当にその通りで、あの時、あの主張して負ける訳がないんだよ。(もちろん、だから、ああいう主張は無駄だ、なんてことは思ってないんだけど)
その主張が必要だと思うんだったら、ちゃんとかお出してやればいいじゃないか。
顔出して出来ないなら、最後まで謎のままにしておけばいいじゃないか。
(本人が、友達が勝手にあげた、と言った、というところまで見ました)
大体、本人の許可もなく、それを生業としている人の歌とその姿を公共の場所に勝手にあげる友人、ってどうなんだ。
本人の与り知らぬところ、だとしたらそれはそれで問題だし、というか許可とってない訳ないじゃん。
どっちに転んでも本人はおいしい勝負。
どっちに転んでも、おいしい、という勝負をかけることはとても賢いことで私はそれ自体はすばらしいと思う方だが、本当は負ける勝負じゃないのに、負ける前提で戦ってかっこいい、というのはやっぱり違うと思う。
まあなにより、あの歌、そんなによかったー?(すまない……)
というのを、今、流れてきた斉藤和義を聴きながら思いました。
なんか、紅白、オファーくらいはいってそう。 !notw
